解 説

京都への通船、水力発電、飲料水の供給などを目的に計画され、観音寺の取水口から京都蹴上まで11kmにおよぶ人工的につくられた川です。 1885年(明治18年)から田辺朔郎(たなべさくろう)を中心に工事が始められ、当時としては、難しい工事でしたが、5年後の明治23年に第一疏水が完成しました。 その後、明治45年には第二疏水も完成。長等山のトンネル部分で2.4km、全長11kmの水路ができました。